作品解説
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野田の春日神社は、今でこそひっそりとした無住の神社だが、『蘆分船』に「よし野のさくらに。野田の藤。高尾の紅葉。」とあるように古来わが国を代表する藤の名所として知られていた。貞治3年(1364)4月の足利義詮住吉神社参拝を記した『住吉詣』に「野田の玉河あり、そのほとりに藤の花咲き乱れたり」「むらさきの雲とやいはむ藤の花野にも山にもはひぞかかるる」とあり、すでに佳勝の地となっていたことがわかる。平安末期から春日詣が盛んになり、その頃藤原氏に因み藤を植えたといわれる。文禄年間(1592~1595)秀吉も藤見物し、以来大変な賑いとなった。
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