カテゴリ
|
/錦絵にみる大阪の風景
|
作品名
|
今橋つきぢの風景
|
イマバシツキヂノフウケイ
|
浪花百景
|
|
画家名
|
|
画家解説
|
国員 くにかず 生没年不詳
国員、一珠斎と称し、歌川姓を名乗る。大坂の人。歌川国貞(三代豊国)の門人かともいわれているが、詳細は不明。役者絵・風景画・美人画などを中心に、絵入り本の挿絵もてがけた。嘉永から慶応年間に活躍した。
|
請求番号
|
甲和-1086
|
名所
|
|
現在の市区町村
|
|
ジャンル名
|
|
作品解説
|
大川が天神橋を抜けて東横堀川に入る西の部分は昔小山をなし、山の鼻と称していた。天明3年(1783)に築地を設け人家が建ち連なるようになり、蟹島と称されるようになり、やがて単に築地というようになったという。『大阪府誌』には「紅楼翠閣相連なり眺望の景優遊の具備はり、誠に紅塵界裡の一仙洞なり」とある。
今橋はこの辺り、東横堀川に架かる橋で、橋の西側が北浜となり、江戸時代の金融の中心地であった。
|